修行僧ぷってんの雑記

大学生でも上級会員を目指すブログ

「他者を認められない」オトナたちへ

最近「他者を認められない」オトナの存在感が幅を利かせてるなって思うんです。

 

そんな事は今に始まったことじゃないんですが、SNSが原因で顕在化しているような気がします。

 

例えば「私はこう思っている」という主張をしたとして、「それは違う」というような反対意見が来ると、すーぐ無視するかブロックしちゃうような人。都合の悪い意見は無視して、自分の考えに沿った意見を用いて、数の暴力で正しいことを証明しようとする人。

 

こういう人が、偉そうにご意見を垂れてると笑いがこみ上げてきます。まるで「ずっと殴り続けて来たのに、反撃された瞬間試合終了するボクシング」のようです(例えが下手でごめんなさい)

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くれぐれも言っておきますが、私は別に「主張するな」って言ってるわけではありません。

 

ただ、「他者だって意見を言う権利」はありますし、それがいかにおかしいような内容でも誰にも制限されません。

その権利を無視するしかなくなるのは、結局主張の中でもどこかしらに綻びがあるんだと思います。

 

主張の説得力が弱いから、「自分の意見が通るように仲間を集める」「仲間の意見に乗っかる」「完全無視を決め込む」しか無くなるんじゃないかなと、個人的には思っています。

 

※単純に煽り耐性が低すぎるパターンもありますが、ここでは省略します。

 

 

また、他の例としては「TwitterInstagramで、高級料理や旅行先の写真を掲載した人の投稿を見て激しく嫉妬する」というのも、ちょっと乱暴ではあるけれど、他人を認められないからではないかなと。

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「繊細チンピラ」なんていう単語が生み出されるのも、おそらくこのご時世ならではでしょうね。

繊細チンピラとは - はてなキーワード

 

もしも、「羨ましい」「憧れる」というような感情が出てくるなら、掲載者(あるいはその行動)に対して、否定的な感情を抱いてはいないと思うんですよ。

 

掲載者を認めていないからこそ、掲載者がどのような行動を取っても「私の方がすごい」「私は掲載者と違ってこんなことをしたんだぜ!」と、さらにマウンティングを仕掛ける事になるんです。

 

これ、めっちゃ惨めじゃないですか?

 

SNSなんて「顔の見えないマウンティング合戦会場」ですし、いちいち嫉妬していてもキリがないのに、「私の方がすごい」と張り合う意味がわかりません。

 

すごい人は、本当にありのままの姿がすごいんであって、虚勢を張ってるわけでもなんでもないんです。

 

一般人じゃどうせ勝てないんです。(ましてや私のような一般大学生が、何をやったって社会人の財力に勝てるはずありませんし)

というかすごい人からすれば、レベルの低いマウンティング合戦なんてアウト・オブ・眼中。

 

だったらマウンティングや装飾品集め(あるいは仲間作り)に時間を割くよりも、自分を本当の意味でいかに高められるか、そういうことに労力を割いた方がよほど健全じゃないですか?

 
と、私は主張します。