リニアは東海道新幹線のバイパス?
JR東海の赤字決算を見て、「リニア不要論」を口述する方に対し、鉄道オタクが反論するという光景がよく見られます。
また、2021年2月に発生した福島沖の地震で、在来線の常磐線が東北新幹線の代替を担っている事から、「東海道方面は、東海道新幹線のバイパスが無く脆弱なため、リニアが必要論」が盛んに出されています。
その主な主張としては、
①リニアは東海道新幹線のバイパス
(※その中でも、以下3つの主張に分岐します)
1.現行ルートとは別のルートを構成出来る。
2.東海地震が発生しても円滑な輸送が可能となる。
3.東海道新幹線の改修が出来る。
②所要時間の短縮
=東京〜大阪間における航空機からの転換
③滞在時間の増大
④需要創出
等があります。
そんな中、よく見るのが「リニアを不要だと論ずる事は革新を拒絶し、文明社会を否定する事」「1960年代に存在した新幹線反対派は、こんな感じだったんだろう」のような発言です。
さて、私の主張に移る前に、リニア推進派がおそらく意図的に無視している前提を3つ触れましょう。
前提1「リニアが大阪まで開業するタイミングは、名古屋までの開業から、最短でも10年間の開きがある」
こう言うと、「リニアは全線開業して真価を発揮する!区間開業で真価がわかるわけない!グダグダ言うな!」と顔を真っ赤にして反論してくるでしょう。
もちろんそれはその通りです。全線開業して真価を発揮する。そこは同感です。
が、名古屋まで開業後、どうあがいても最低10年は名古屋止まりのまま、という事実は揺るぎません。
前提2「リニアも保安検査が存在する可能性が高い」
要は、「(保安検査のない)新幹線なら○分乗り継ぎでも間に合う」という概念を捨て去らなくてはいけません。
※流石にこうはいかないはず
前提3.座席定員が新幹線未満
今のところ、リニアを何両編成にするかハッキリしていませんが、12両編成で定員728人、16両で定員1,000人です(JR東海のサイトには16両編成で記載されています)。
これらの前提を踏まえて。
私の主張としては、「JR東海が赤字決算を出した程度で不要論を掲げるつもりはないし、バイパスは必要だと考えるが、リニアがその役目を果たせるかは当面疑問が残る」です。
- 前提1「リニアが大阪まで開業するタイミングは、名古屋までの開業から、最短でも10年間の開きがある」
- 前提2「リニアも保安検査が存在する可能性が高い」
- 前提3.座席定員が新幹線未満
- ①リニアは東海道新幹線のバイパス
- ②所要時間の短縮(=東京〜大阪間における航空機からの転換)
- ③滞在時間の増大
- ④最後に
④の需要創出は、触れるまでもないので割愛。ただし、東名阪間で利用客が劇的に増えるかと言われると、値段次第な所もあり、微妙と言わざるを得ませんが。
①リニアは東海道新幹線のバイパス
という主張は、主に東海道新幹線の改修や、東海地震の備えとして論じられることが多いですね。
ただこれ、前提1でも述べた、「リニアの名古屋開業後から大阪開業前」の期間だと、バイパス効果が十分に果たせない可能性があります。
というのも、リニア名古屋開業時点では、東海道新幹線「のぞみ」の本数が減らないという事は、ほぼ確定しています。
理由は下の記事でも述べていますが、リニアが名古屋止まりの時点では、関東〜関西の直通需要が減らないためです。
つまり、リニアが全線開通するまでは、いくらリニアが東海地震の危険エリアをバイパスしようとも、現行ルートの東海道新幹線が被災し、何かしらの影響を受けてしまった時点で、名古屋より西側を走行する新幹線の本数が、大幅に減少する事を意味します。
そもそも、バイパスというからには、リニアが品川〜名古屋間が開通、名古屋〜新大阪間が未開通の時点では、名古屋の折り返し設備をめちゃくちゃ強化して、名古屋より東で何かあったとしても、中京圏以西に影響が及ばないようにするのが「当たり前」です。
しかし、実際はそんな話は全く聞こえてきません。名古屋駅周辺に土地が無くて設置するのが無理とか、理屈をこねればいくらでも言い訳出来ますが、「そもそもバイパスとは何?」って話ですよね。
そのため、中京〜関西圏は、東海地震の危険エリアから離れているにも関わらず、東海地震の影響を受ける可能性を大きく秘めています。
そこまでの大規模災害でなくとも、静岡県内の大雨や人身事故等で東海道新幹線が不通になった場合でも、十分影響を被る事になりそうです。
※そもそも、東海道新幹線から直線距離で100kmも離れていない路線を、地震発生時のバイパスと呼べるかは甚だ疑問でしかないですが…
さらに言えば、乗車人員も問題です。
前提3で説明した通り、16両が全車普通車でもMax1000人しか輸送出来ません。
よく「東海道新幹線の代替輸送手段はあると言えようか?いやない。」と主張する人もいますが、リニアでも代替手段としては力不足なんです。
「東海地震などで長期不通になる事態は、リニア全然開業後にしか絶対発生しない」と想定しているのかはわかりませんが、リニアは東海道新幹線のバイパス、というのも、当面はギャグでしかないわけです。
しかし、「JR東海は悪くない。10年後になれば劇的に変わる。大阪まで一括開業出来ないリニアの実力に対する認知の低さと、十分な支援と、何より静岡県が悪い」などと、鉄オタが真顔で言い出しそう(というかもう言っている)なのが怖いです。
②所要時間の短縮(=東京〜大阪間における航空機からの転換)
これについては、前提2で述べた、「リニアにも保安検査がある可能性が高い」という前提を意図的に無視しています。
保安検査を必要とする場合、実際に保安検査に要する時間「以上」のバッファを持たせて行動するのが普通です。
例えば、リニア品川駅は、今の東海道新幹線のほぼ真下に作る事になっています。
そもそも、品川駅で在来線から新幹線に単純に乗り継ぐ事だけ考えても、10分は見ておきますよね。
そこからさらに地下へ降り、保安検査を通過するとなると、在来線を降りてからリニア乗車まで、トータル30分は見ておきたい所です。
※30分の内訳としては、
在来線→新幹線改札 10分
新幹線改札→リニアホーム階 5分
保安検査+バッファ 15分です。
これらを踏まえ、例えば品川駅高輪口を起点に考えると、リニアの実勢時間は、品川→名古屋駅で約70分(新幹線:約110分)、品川→新大阪駅で約100分(新幹線:約160分)となります。
しかし鉄オタは、品川〜名古屋約40分、品川〜大阪約67分の「カタログスペック」を全面的に押し出したいからか(※酷い場合だと、東京〜大阪を1時間で結ぶ、などと主張する始末)、リニアへの乗り換えはおろか、保安検査の存在すら無視する有様です。
言うなれば、飛行機で東京〜大阪便に乗って移動する時、「東京(羽田空港)を出発してから大阪(伊丹空港)に到着するまで、所要時間は65分だ」と主張するようなものです。
ちょっと頭の回る人間なら、この主張がいかにバカげているかが分かるようなものです。駅の中に自宅やオフィスがあるのでしょうか。
あと、飛行機の転移については、ほぼ無いです。東京〜大阪間はJAL•ANAが、それぞれ1時間に1本という分かりやすい時刻設定、いわゆるパターンダイヤ化していますし、所要時間が問題なら、2021年現在ですら、飛行機は新幹線に勝ててませんよね。
③滞在時間の増大
これについても同様に、実情よりも誇大して触れ回っているのが見受けられますが、リニアの全線開通時に、大阪往復で2時間増大するのが現実的な線でしょう。
それでも、リニアの開通効果としては謳えます(※数少ない開通効果の中で、ほぼ唯一の拠り所でしか無いのも事実です)が、最も効果が高そうなのは、「最終」が繰り下がる事ではないでしょうか。
新幹線と同じく、0〜6時を運転しない時間帯と想定すると、品川から大阪行きで22時30分発、名古屋行きで23時頃まで設定出来ます。品川行きも同様に、大阪22時30分発、名古屋23時発の列車が設定可能です。
2021年2月時点で、東京発の最終は、
新大阪行きが「のぞみ265号」で21時24分発、名古屋行きが「ひかり669号」で22時3分発。
逆に東京行きの最終は、
新大阪発が21時24分発「のぞみ64号」です。
名古屋発も、同じ「のぞみ64号」となり、22時12分に発車します。
これらを踏まえると、最終列車の出発時間は、1時間ぐらい繰り下がるイメージでしょうか。
ちなみに、「始発」に関しては、今と比べて繰り上がる事はないでしょうし、保安検査云々を含めて考えると、品川・新大阪からは、6時発ではなく6時20分発を設定するのではないでしょうか。
とはいえ、品川・新大阪からのリニアの始発が6時20分でも、7時台に品川・新大阪駅に到着出来るのはすごいですね。
ついでに言えば、山梨県における東京方面の輸送改善には、大きく進歩するかもしれません。絶対数は知れてますが、こだまの三島始発東京行きみたいな設定はあり得るかもしれませんね。
④最後に
「リニアを不要だと論ずる事は、革新を拒絶し文明社会を否定する事」「1960年代に存在した新幹線反対派は、こんな感じだったんだろう」という発言についてですが、「たかだか」所要時間が片道1時間程度短くなる程度の功利(しかも、それが達成されるのは最短でも17年後)を否定するだけで、原始人扱いする方がよほどおかしいと思いませんか。
以前、「移動する価値の高いVIPは、リニアを使う!」というネット記事を見かけましたが、そんなVIPとやらは「普通席」のリニアを使うでしょうか?そもそも、年に何回そんな機会があるでしょうか?
それこそ観光需要みたいなもので、当てにするにはあまりにも弱いですし、VIPとやらのためにアッパークラスを増やせば、自ずと座席定員が減り、東海道新幹線のバイパスもクソもない状況になります。
というか、なんだかんだ言って、リニア事業は、「自社事業をサスティナブルなものにしたい、というJR東海の目的が第一義としてあり、公共事業的性質は、はっきり言ってついででしかない」わけです。
だから、リニアの建設が各地で遅れていることや、静岡県での工事が進まない事に対して、「日本の国土強靭化ガー」「経済損失ガー」「バイパスガー」と発言するのはズレていて、「JR東海様の事業維持のために、便益を受けられない地域だろうと何だろうと、JR東海様の方針を甘んじて受け入れろ」と主張するのが正しいのですが、認めたくないのでしょうか。